昭和世代の皆さまはご存じと思いますが
「父は今年二月で 六十五 顔のシワはふえて ゆくばかり
仕事に追われ このごろやっと ゆとりが出来た」
こんな歌詞で始まる井上陽水の「人生が二度あれば」(1972年発表)
私が高校1・2年だったろうか・・ ファーストアルバム断絶に収録されていて、いったいこれまで何度聞いてきたことだろう。早、発売から半世紀が過ぎようとしているが今だに私の車のカーオーディオから時々流れてくる。
陽水がライブでこの曲を紹介する時に「この曲を作った時に親父が喜んでくれた」と陽水が紹介していたのが妙に記憶に残っている。(ライブレコードより)
1948生まれで発売した1972年にはできていたと思われるので、陽水が23歳前後の時に父親が65歳だったのだろうか。
これを最初に聞いた時、私の父はまだ40代だったと思う。まだまだ先の話だけどいつかこういう日がくるのだろうかと思ったものだ。
そして私の父が65才となった時、またこの詩を思い出すのだが随分詩のイメージとは違っていた。確かに現役は引退していたものの悲壮感はなく、むしろ引退後の生活を楽しんでいるように見えた。
そして今年、とうとう私がその歳となった。
カーオーディオから流れる歌を聞き、妻は全く同じになったね・・と。
確かに顔のはりはなくなり老人性イボなるものも出来てきた。
「ゆとり」は出来たのだろうか。ギリギリ年金生活ではあるものの、こうしてブログに向かえているということで良しとしなければ・・。
今、コーヒーを飲みながらこのブログを書いている。
そのコーヒーカップも欠けていない。
次にこの曲が特別な想いに感じる日はくるのだろうか・・。
ちょっと感傷に浸った2022年の2月のドラパパでした。
2022.02.26 細かなことが気になる親父 記